2007年05月05日

ギフト、連休

友人からもらう一番のギフトは
その人と一緒に過ごす時間をいただけることかもしれない。

その人へ向ける家族のまなざしを、
またその本人の変化を目の当たりにし、
彼らから発振する感謝と愛の情動をみる、体感すること。
そんな体験は、人生でもけして多くない。
ありがとう、素晴らしい時間を体感させてくれて。

人との距離、問題の混同、
人生の目標と思っていることはそれは本当は誰の目標なの?
そんなことを、連休中に出会った人達から示唆された。
自分のことを守ろうとしないのなぜ?
なぜ、他人が自分を傷つけるようなやり方で入ってくる時に
阻止できない自分でいるのか?
他人に傷を与える言動を、自分は、無自覚にしている。
その事はなぜおきたのか?

相手に与えられたと思っている痛みや問題は自分の行動からきていることを考えれば
問題があることは自分の上の未解決な問題があるということの反転であることを気づくこと。

相手に巻き込まれないこと、が目標という人もいる。
自分を大切にすることが課題な自分がいる。
本心を否定せずに一度形にしてやること。
すべての男なんぞ滅びてしまえという笑交じりの言葉の下には
過去の親子関係が隠れている。
自己本位を否定し自分にとって都合のいいことをいってはならないという意識の下には
条件付きでなければ得られなかった愛情その他生育歴とその家族が背負ってきた価値観がある。
「苦労しなければ、認められない」という強迫観念は
本人だけでなく他人をも不幸にする。
これは、誰の希望なのか?
自分は本当にそうしたいと思っているのか?
ゲシュタルトのワークを進められた。

無条件の愛情をそそぐためには
きちんと人と自分の距離を自覚しなければならない。
相手の領域に入り込んでいることを知った上での言動を
相手を尊重した関係作りをしていきたい。
そう思えたことがこの連休の収穫。

優しい思いやりを受け取り、
何をしたいのかを自覚することを助けられた。

課題はいくつか。
何、根っこは1つ。













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2007年05月02日

アンバランス・・・

私事では、喜びの共有と賑やかなひと時を。
身内事では、茨の冠を載せ歩む。
仕事では、煉獄落ちが続く。

身心に負担がかかるこの頃。
連休の合間に仕事にいき、身心ともにくたびれ
空虚な気持ちになる。
今の自分の中は空っぽだ。
空っぽなまま、なにもかもを置いて
ひたすら、何も考えずにぶつかるものだけに反応しよう。
見知らぬ人々と行動することへの不安も大きい。
でも、出かける。

いろいろ。
そこまで心配してくれるなどと思わなかった人から忠告を受ける。
自分の行動で自分が傷つくことに気づくことと考えて行動すること。
そんな風に話してくれることがあるとは思わなかった。
自分がひどく傷つきやすいことを自覚するのは難しい。

猫好き知人が、帰っていった。
一緒にドラッグストアによったりすることもなくなる。
モーグリは人間の世界に帰って行きました、ではジャングルブックだ。
これから、一人で耐えなければならない。
本当に心が通った関係だったかどうかはわからないが、
彼女の天真爛漫さが好きで、気持ちが和むところがあった。

「孤独に歩め、林の中の象のように。」
これからの20年、さらにその先をよりよく生きていくのには
孤独と付き合うことが必須となる。
無欲になるよりも何よりも先かもしれない。

なにもかもがあわさりあって、清濁、玉石混合。
あざなえる縄のごとくに降り注ぐ。










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2007年04月16日

花見にいく。

ひとりで花見するのが、楽しいとは到底思えん、よって花見はしない。

と思っていたが、この2ヶ月の体調不良で身体を動かすことが出来ていないので、久々に8キロほど歩く。
歩けば桜が咲いている。
夕暮れの桜の下を歩く。
川にそって歩く。
用意されたぼんぼりとライトと桟敷が誰もいない川べりを歩く。
春祭りの頃。
氏神をもたない、帰属をもたない自分には祭りは無縁。
しかしながら民俗学的には祭儀の項目は大きい。
その年の吉凶を、収穫を、占う桜の花であることよ。
並木をあるけば小さな社の裏を過ぎる。
祭が終わったらしく大きな鉦や、後始末する人が見える。
一人で見る桜も、いろいろだ。
古代の人ならば、中世でも、近世でもいいか、
占をし、伝えるものがいるだろう。
言葉になっていない過去の記憶を集め、予測に変える。
巫の見る花は情報を伝える。
暖冬だった。
この夏は冷夏だろう。
過去でいえばかなり飢饉のおこりそうな気候だとか。
ふと、米を備蓄しておこうか
今からネットで買物しておこうかという気になる。
なに、昔とちがうのでそんなに量はいらない。

川を渡り、昔の水城跡をとおりすぎると
あっさりとざっくりと宅地造成されていた。
いいのか?ここは城跡だぞ?と思いつつ歩を進めれば。
どこからともなく、伽羅の香がした。風雅だな。
匂いの幽霊、きっとこの香は自分の脳内にしかない。

帰り道、すっかり日が暮れた対岸の土手を引き返せば
「千と千尋」みたいな光景になっていた。
人の姿はみあたらないが、色とりどりの明りがともされて
桜ばかりがくっきりと川向こうにみえた。
桟敷席にも人の気配。
でも姿は見えない。
魔境のようで、近寄ってはならないようなどうにも不思議な光景だった。




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2007年04月14日

ポイント。。

・自分を焦りから開放すること。
・初回、初見で、相手タイプを見通しそのペースにあわせること。
・声の調子をあわせること
・全部相手が言い終わるまでまつこと
 でなければ、相手に見守ってほしい等の焦燥感や怒りがでる。
・様式1.2、では
 どんな自分になる必要があるか、について焦点をあてる。
「自分に自信がもてる自分像」であること。







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夜桜をみた。

職場の送迎会は、まるでお通夜のようだった。

まるっきり想定内なことだから別に。
上司がふくれっつらして、ふてくされる送迎会ってのも凄いね。
でも、とりあえず、あんなもんでしょう、な感じで。
幹事は、針のむしろだったことでしょう。

代行サービスが来るまでの時間、花見をする。
桜に囲まれて、毎年花冠のように取り囲まれるのにもかかわらず
花見をしたことがない。
ふつうじゃないな、と思う。
新年度からいっそう、上司の態度がえげつない。
一人はやるきどころか、時間つぶしに携帯をいじくる様。
もう一人はまるで2歳児。
仕事にきているものにとっては問題行動ありすぎる。

年々歳々花かわらず、なのだが、花などみたこともない。
明るい時間には外にはいてられない。
夜にはそそくさと立ち去る。
花見に行くにも相手が必要ってのがネック。
李白なら月と一緒に飲明かすのだろうが。
散り始めた桜の花びらは白く、
水の入った黒々と光る田に吹き寄せられおちていた。



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2007年04月05日

花冷え、上空に−36℃の寒気団

〜花前に蝶舞ふ紛々たる雪、
 柳上に鶯飛ぶ片々たる金。
 花は流水に随って香の来る事疾し、
 鐘は寒雲を隔てて声の至る事遅し。〜

東京では霙、
近隣野山も白く化粧した。
蕾も開き際、まだ咲くに至らぬこのあたりは
花の時期をまた逸したようにも思う。

どこにもない風景、
もう記憶だか脳内のイメージにしか存在しない風景がよぎる。
黒い黒い水面に水銀灯の光が反射し白く眼を射る。
その上に覆いかぶさるように咲くはずの満開の桜は視界にはいらない。
静かな川の水音が絶え間なくどこともなくきこえてくる。
落花は流れて溜まり白い吹雪となる。

おそらくは高瀬川のどこかで過去にみた風景がアレンジされているのだろう。

眠る前にこのところ謡曲の熊野を読むともなく眺めている。
見られる為にしつらえられた街の桜がうっすらと夜の闇に白んで
浮きあがる様が眼に浮かぶ。
それから眠る。
このところ帰り道に見る満月の明りがあまりにまぶしくその白さが
やはり、散りゆき、吹き上がる花弁の群を連想させるのだろう。
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2007年04月04日

ざっくりざっくり

メーラーに溜まったメールを削除していく。
あったはずの時間をなかったことにしていくみたいで、結構なんともいえない。
読んだ後に身体にストレスや変調をきたしたようなのも、捨てる。
開放されるというより、消されていくという感じがする。
もっと、もっと頑張らないと、消せないし決着もつかないらしい。

溜め込んで溜め込んで消せずにいる。
腹を立てようが、わめいたり、愚痴をいっても、消えない。
こんな中途半端はいやだから、視界からけしてしまえと思うのだが、
調子のいいときには、何をするわけでもないのだから置いておけばいいと思う。
感情をぶつけるのでは、到底今以上にますますうまくいかないだろう。
相手にストレスを感じていることを伝えるということが出来ない。
ストレス元から離れることがへたくそ。
捨てるのではなく、離れることって難しい。
関係性ってのは、きれいさっぱり捨ててしまえたら一番楽なのかもしれない。





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2007年04月01日

感情の開放をまちのぞんでいる

バンドンブレ。
神がかりの為の音。
バンデイロの雷鳴のような響きの中、
知らずの中、自分の内で押さえて押さえて行き場を失った情感が
開放されたがっているということを伝えてくる。
だから、好きなのだ。
だから、必要なのだ。
うらやましいのだ。
素直に、誇りと愛情を滲ます歌や音楽が。

そう遠くなく、近くに、
自分の中の情感が開放されるだろう。
春雷と同じく。
雪解けの水が溢れる前に、川の上の氷が軋むのと同じく。
当然の結果が待ち受けるその予兆。
開放される。
そして、生きている上での諸々を受け止めることができるようになるのだろう。
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2007年03月28日

春先は調子が悪くなる、そう思えば。。

いてられない。
仕事してられない。
う〜ん。
これを調子悪いと呼ばずしてなんて呼ぼう。

でも実は、なんてくだんない人生、って
どっかでぶち切れたのかもしれない。

どっちにしても、よくはない。

自分の認知の歪みの中で生きている。
歪んだ世界の中で生きている。
善良で努力家で、人に好かれる人間だっている。

でもそれは自分じゃない。
自分は自分として精一杯生きているのだが
足りない所が、手の届かないところがみえてくる。
これが自分の限界か、とつまらない限界がみえて溜息もでる。
実直に一途に私に気に入られようと近づいてくる人間が反対に気持ち悪くてたまらない。
近づいてくれるな、気持ち悪いから。
生理的嫌悪はおさえがきかない。
そういう癖があるのだろう。

しかしながら気持ち悪くない人間と一緒にいたいと思うのは自然のことだとも思うが。





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メダカはおそらく生きている様子

スピカオリオンアークタゥラスと適当に名前をつけた3匹、と
個体識別する気もなくて、プレアデス兄弟、とニューハーフのような適当な名づけ群の3匹。
水草をぎっしり押し込まれた水槽の中は外から窺いしれず、
きっと生きている、だろう、くらいのもの。
5匹は目視したから、あと1匹も生きているだろう。

ミズく屍になっていても、全然わからん。

しかし見事にオスばっかりみたいだ。
メスはいずこ?
ヒヤデス3匹セットを仕入れにいくしかないのか?
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2007年03月26日

うんうん私は疲れている。。

認めよう、認めてみよう、
もう泥のようにきっと疲れている。

長い、長い、詰め込み期間でした。
これから、ちょっと
なんにもしない、をいれないと焼け付くぞ。
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2007年03月24日

ストレスが悪いわけじゃない

逆にストレスをかけないと出てこない事象もある、ということ。
スhトレスのあとのケアがあれば、
ストレスフルな環境がすべてどうにもならない、クリティカルなものになるわけじゃない。

なんにもしない時間を確保することがいきるためにはいるということ。

様々学ぶ。
受験テクニック重視な方法と気質。
1つの方法として有効だが、実施するべきかどうかは自分の価値観にあうものでなければならない。

朝起きれない自分の影には、
もう一杯一杯という身体のサインとともに、
誰か、こんな私に気づいてくれよっという心の叫びが隠れていた。

そーか。

それは起きられないね。
ずっと叫んでいたのだね。

などなど。


でも明日は移動。




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2007年03月21日

春とさかな

070318_2156~001.jpg兵庫は春の魚でいっぱい
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2007年03月18日

がっかりだ。。

上司が昇進して、別の部署にかわらなかったのがガッカリだ。
うちの上司をして、よほど素晴らしいと思える人材が二人も昇進して、管理職になったのがガッカリだ。
もっとも有能で、人望もある人材が、もといた部署に戻されてしまうことがガッカリだ。
週末になると疲れ果てて夜昼なく寝てしまい食欲すらないのがガッカリだ。
この週末から明石でやっているプラネタリウムのプログラムをみにいけなくてガッカリだ。
厚生労働省がいってきている平成20年からの新しい仕事の内容が
どう考えてもまともに機能するわけもなく、箸にも棒にもひっかからないろくでもない内容なのがガッカリだ。
ろくでもない仕事を国の指示で準備して効果もないのに実施しているのがガッカリだ。
本来その仕事をすべき部署がのらりくらりと逃げて実績だけ横取りするのがガッカリだ。

馬鹿馬鹿しいぜ。
こんなことに一日の9割をついやしているのかと思うと仕事をするのがガッカリだ。
posted by CORONA at 00:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月12日

現実ではないにしても

憎悪を滾らす。
幽鬼のようにすざまじい恨みつらみをこめて針で突き刺すような
眼から噴出すような怨念をこめて相手の背後から睨み付けている。
それが自分の姿だったとは。。。

ようやく、身体が解禁にすることにしたらしい。
肉親に抱く負のイメージと初めて対面する。
いや〜、ものすごい。
絶対あるはずなのに、出てこないので、そのうちにでてくるだろうとは思っていたが
あまりの強烈さに他人事のように頭を抱えた。

どう折伏する?
はやいとこ成仏してもらわないと。
800年から1000年近くその姿のままだったのか。
百鬼夜行の姿から私は解放されなければならない。
明るい光にその姿が出てきたことは一歩前進。
さてさて。

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2007年03月11日

気晴らし

苦しい時の気晴らしに。
私の幸せってのはなんだろうと考えてみる。
リラックスするのが極端にヘタクソだという自覚はある。
楽しくっていう言葉の幅広さときたら。
自分にとって楽しいはどんなことなのだろう。
不安のなさってのはなんだろう?

やってみたいことは、甘えるということ。
屈託なく、あるいは計算づくでもって他人に甘えれる人間はいいね。と思う。
そのストレスが自分にとってどれほど大きいのものか。
それに打ち勝つ対象なんてこの世にいるものなのかと苦笑する。
無理だな。
もっと現実味のあることを求めたほうがいいらしい。
楽しく笑って、なんていうことがいつも出来る相手なんぞ
たいがいありえないものだが、中にはいるのだろう。

求めるものは、話のできる相手。
くだらない、時々、うさんくさい、めんどくさい、門前の小僧よろしく専門性の高い、理念と、現実と、魂と、さらに上と。
視線をかわして、屈託なく。
この話の真意は何?なんて腹の探り合いなどはしたくない。
ぜひとも、そういう人を、一人でも多く、身近におくことができれば人生は、もっと豊かになるだろう。
探しにいかないといけないのは、そういう人間.





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一日悶絶。。

咳がおさまらない。
3週間は長すぎる。
胸部痛は収まった。
喉の奥から擦過傷になった気分。

一日、うつらうつら。
生活のリズムもどこへやら。
本来起きているはずの時間に倒れていては、
予定もどうにもならない。

寝ていると咳が酷いので、とりあえず起きてみる。
土曜日にやった生産的なことといえば
イチゴをジャムにしたことぐらい。
食事の支度もせず掃除もせず倒れていたり。

生のイチゴを煮た真っ赤なシロップを
炭酸水の中に落として染めれば、コップの中だけが春だった。
移動はつらいがしなければ。
明日も寝ていたい。本当は。

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2007年03月10日

風邪は3週間すぎてもまだなおらない

悪寒・関節痛・頭痛・発熱と
フルコース。
おそらくタミフルで解熱したからインフルエンザ込み。
副鼻腔炎と咳で呼吸困難と胸部痛でいまだに酷い目にあっている。
がっくりと倒れて、こんこんと寝て。
よみがえってくるには、、まだ足りないらしい。

1ヶ月の休みなしでの移動期間にいろいろ学ぶ。
詰め込めるだけ学ぶ。

はじめる前と今では違う点もある。

依存について。
相手が出来ること(こちらが可能だろうと思える範囲も含めて)
以上、到底できない、ありえない範囲について、
して当然とか、して欲しい、とか思うことは
すでにこれは「依存」
現実的な解決にはむすびつかない。

なんとなくわかった気がする。

期待しないこと、は、方法によっては現実をみろということになる。
諦めるから期待しないではなく、
当然として出来る範囲から外れているから期待しない
は、もつ意味合いがちがう。

揺るぎのなさを自分自身に求めるのなら
気持ちの切り替えを早くすることを努力しなければならない。
やってみて、損は無い。害もない。
あとは方法だ。

No,ということも学ばなければならない。
くるものを全て受け入れることがいいことではない。
当然として、摩擦も引き起こす。
人間関係において(互いの成長の為に必要ならば)
気長に育成するも1つの解ではあるが、
気質的に病的であったり、
ごく当たり前の対応ではどうも危険な人に対しては、
きちんと自分を守ることもしていかなければならない。
やれることは、すべてやったという自負をもって。


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2007年02月22日

ラストランではないけれど一応ラスト。

週末ごとの移動、明日が一応連続では最後。
死ぬかと思ったが、なんとかなるものだな。

必死になって掴んできます。
溺れるものがなんでもひっつかむように。
得られるものを。

魂が溺れかけている自分には、行軍並みの予定でも
まだ足りないのかもしれない。
身体は、かなりしんどいけれどね。
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2007年02月19日

楽しかった日々は怒涛の鍵盤を連打するが如く。

毎週末にイベント事。
ラウンド毎に飛び出していくボクサーのような日々。
軽々と距離を越えて、知人達のもとへ。
抜けるように青い空の下、東京タワーの赤が眩しい。
坂のうえの梅林、白梅がまるで浮世絵のように枝を絡める。
さよなら、さよなら、また、明日と子供のような
心安さで皆と会って笑いそして別れる。

一夜かけて、まるでSFの映画のシーンか、
未来から切り取られた映像のような白で統一された空間と音。
それに満ちるハートフル、ピースフルな情感。
ありえない、地上にはありえない至福な瞬間を得る。
たまらない一体感。
名残をおしんで、見知らぬ人たちと心を分かち、幸せを感じる。

帰り来れば一週間。
そして、一生体験することなどないと手に入るはずのない
情感を体験する。
悲しみも、焦りも、喜びも、すべての感情に
揺らぐことなく揺るぐことなく満ち足りて
まるで、花崗岩のような磐石である情感。
感情に鼻面つかまれて、あれやこれや振り回される今と
まったく違う、しかし同じ個人として連続する
絵空事ではない、どこかに在り得るべき揺らぎのなさ。
そう、喜びでなく、嬉しさでなく。
勿論怒りでも悲しみでもなく、
感情に左右されない安定を求めていたのだ。
生きている限りは無理なことを思っていたが、
瞬間でも体感できたことを嬉しく、また喜びに思う。

楽しいというのは、不安の裏返し。
いつ襲ってくるかわからない、辛さや苦しさを見ずにすむ為に
快へ、楽へ、楽しさへ、走って飛び込む。
私の欲しい揺らぎのなさは、人間相手に求めることは不可能。
己の遠い先の先に垣間見える理想世界だった。
他人に求めるのは…相互に与えるってのも、無理があるな。
そういうことなのだな。
posted by CORONA at 23:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする