2017年02月17日

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確認
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2010年03月14日

更新

さて。
久々にキーボードに向かっているが、
日々様々変り行くことおびただしい。

当初めだか日記として勧められたこの場であるが
めだか達は、増えることなく次々と1年をめどに死に行き
最後の1匹を失ってから久しい。
ばたばたと今までになく老衰以外で理由もわからないまま
死に行く姿は後味が悪くそれ以来飼う気も失ってしまった。

知己もなく、慣れ親しんだ様々が手に入らないこの地で
自分らしくあり続けるのには・・・ともがき苦しみ
去年の雪、いまいずこと問いかけては
己の根幹をなす、色々を振り返るために
記述をしていた面もあったと思う。

マイフェバリットは理解されえないものであるという状況は
いまだにかわることはなく
ここにいる限りは将来もかわらないだろう。
知と教養に価値を置く昔風の価値観を持つこと。
それすらもままならないということは実に大変だ。
しかし、知と教養、まあ特化した能力を持っていたとしても
人間としての基本的なコミュニケーション能力を欠いているとすれば
どれほど尊敬をしようが、その先というものはないということも
遅まきながらも体験として得た。

相対、何が必要なものなのか。
何が無くても生きていけるものなのか。
本当に価値を感じるべきものはなんなのか。
実にいまだに見つけ出せずにいる。

この1月、2月、体調の悪い時期が多かった時に夢をよく見た。
母が死ぬ前に語っていた夢の類型のようだった。
「家中が凄い埃で、ばたばた屋根裏からなにからはたき出すの。
人もいないのに仏壇の鉦が鳴るの…」
さすがに仏壇はでてこなかったが
飼っていた犬と夢で再会するのはありがたいが
糞まみれの家の様子には閉口すること然り。
ああ、私の人生こんなに掃除することが必要なのだと半泣きになる感覚があった。
そうやってまるで死ぬ前の人のように何かを整理する夢を幾度と見た。
次々と飼っていた犬達が夢で会いに来る。
実のところ、私の送ってきた人生では
人から受けた愛よりも犬から受けた愛のほうがより多いのだから仕方ない。
人間対人間というのは大概odi et amo になる。

どこかに記録しておいたほうがいいものとしては
この3月の頭に体験した、ふっと無重力を体感する感覚だろう。
海を浮沈するクリオネの感覚…みたいなものだ。
自由に動く、舞い上がる、
重力と無縁な喜びとはこのようなものかと思えるものだった。
実に不思議な体感だった。

などなど取りとめのないことを記録がわりに書いて終わる。













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2009年06月08日

ウイルスソフトが重過ぎる

まったくもって重すぎるので
PCが使い物にならない日々。

ブラウザも変えてみようか・・・。

その前に機種変ならぬ交換か・・と考えなくもないこのごろ。
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2009年06月03日

微熱

特にハードな一週間を過ごしたら
熱が出た。

たくさん働けないような身体になっているらしい。
他の場合なら無視する程度の発熱に半日やすんで眠る。
半日だけ仕事にいくが
そのほうが能率があがるんじゃないのか?
私に午前中はいらないんじゃないかとふつふつと疑念がわく。
結局電話をとって廻して、じゃないのか?
立て続けに入る電話にいらだつ。

夜になると熱があがってくるのがわかる。
まだ本調子じゃないらしい。
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2009年05月31日

刺激⇔反撃

最悪な上司、劣悪な環境がすべて悪という訳ではない。
当然、精神衛生はぼろぼろになり、
抑うつ度テストでは昨年度ほぼ自己最高点をマークし
数値の上では既に私は抑うつにおちいっている。
それでも地球は廻っているし、次の日はくる。
苦しい息の下、考える。

この最悪な上司を相手になにができるのか。

答えは「黒船」だった。
中から何を言おうが、
自分自身のわけのわからない都合のいい方向に捻じ曲げるくせに
外からいわれることには弱い。
外部からの「偉い人」にいわれたことは通る。

実にありがたい。
「外」には様々な有能な人達が溢れている。
この閉塞感溢れる小さな世界でにらみ合いしているより
よほど有益。
そして、とてつもない刺激を得ることが出来るというおまけつき。

実のところ
様々この1月からやってきている事といえば
外からの血をいれることに要約できるのかもしれない。

腐った業者から足元みられながら
たかだか1時間程度の派遣事業に4万近くを払うのはごめんだ。
こちらの欲しい時間帯に、
欲しい人材をまわすことも出来ないくせに値段だけは高い。
独占とか寡占とかある種の談合とかそういう単語が脳裏を過ぎる。
そんなものに金を払うしかない現状が最悪すぎる。
使える能力の高い人材を
モチベーションが高く理想のある一緒に働ける人材が欲しいのだ。
ありものでなんとか廻していかないといけないのはわかるが
それではもうやっていけない。
馬鹿とはさみは使いようというが馬鹿高い無能はいらない。
使えるはさみをよこせ、さらに適正な価格でだ。

はさみが手に入れば、次の段階が待っている。
3年たたかう。
その後は誰がなんといおうとバカンスだ。









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書くことを忘れている

日記のスペースがあることも忘れていたようだ。

いそがしいのか。
確かに忙しい。
馬鹿みたいなことでいろいろ時間をつぶされている。

なんとかとか。
事務職たちのけつぬぐいのためにいるわけじゃないが
そのつもりで使われているらしい。

ばかばかしい。
暴利きわまりない事業所が独占していたものを新規開拓して
1つの事業の中で経費をそれこそ半額ほどに落としても
その1/10ほどの人件費すら自由にならないなど。
くそったれぼけかましてんじゃないぞとほえたくなる。
指一本動かしもしない人間が金はけずるが
効果がでてないなどほざきやがる。

去年の上司どもはひどかった。
今までの働かない小役人上司より一層たちが悪いんじゃないかと
思うほどだった。
今年は変化があった。
どうなるのか。
どちらにしてもあと3年ほどだ。
団塊の世代が退職していく。

まあ羨ましい勝ち逃げ人生だこと、と思うことは自由だろう。



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2009年02月09日

やってくる、やってきた。

昔、超能力者というものは、
拘束だったり拷問だったり自分の力ではどうしようもない
辛く苦しい状態にありつづける体験によりその不思議な力を得るのだ
という話をしているのをきいていたことがある。

というのを思い出した。
融通無碍。
無意識と意識の境目をさまよう伯母は
いやだということを自分の身体を使って表現しているかのようだった。
胃婁の手術の承諾書を渡し、
いざ、検査をと準備する中、熱をだした。
胃婁は中止となり、急性期病棟から療養病棟へと転科した。
さらにそこでも
中心静脈栄養の管を、邪魔なものを抜けといわんばかりに
発熱をくりかえし、通常の点滴に変えさせた。
望む方向へ開放される方向へ誘導していくかのようだった。

炎症反応のない発熱は実は、肺炎だった。
代休消化に休暇をとった前日に主治医からのムンテラをと連絡が入り
そして2時間後に急変したので来て欲しいと内容がかわった。
訪れた先の伯母の容態はおちついていた。
チェーンストークスの無呼吸時間がなく呼吸しているのが
辛そうではあったが不思議な感じだった。
うっすらと目をあけたその視線には、正気があった。
勿論なにもいわなかったがうめき声もあげずにいるのが
症状がすすんだのか、身体が辛いのだろうと思えた。
それが最後に見た闘病する姿だった。
状態が悪いながらに安定してすごしていたが
4日後に呼吸状態が悪化しあっけなく心停止にいたった。
夢に死んだ母をはじめ、様々な暗示を
見続けていたので驚きは無かった。
病院にいけば、この病院に入ってお世話になった方々と
次々と出会えてお礼をいうことができた。
実に伯母の超能力だ。
ひっそりとこじんまりと葬儀をおこない
まるでSF映画のようなモダンな火葬場で骨を拾い納めた。
寺の本堂のゆれる灯りに写真の口元に影がゆれて
共にあみだぶだぶつ、とつぶやいているように見えた。
伯母は若いとき、年をいった父と暮らしたとき、
厳しい姉と暮らした長い年月を念仏と共にしてきたのだ。
きっと経文に久方ぶりと喜んでいるのだろう。

身動きひとつすることも話すことも出来なくなったが
伯母は、我々を気にかけ愛してくれていたことを感じた。
若い時分は、小悪党っぷりを遺憾なく発揮し
様々な困ったことをしでかしては思慮が足りないと罵られていた
伯母であった。

親戚や知人、鬼籍に入った人数も大分多くなった。
生者よりも死者と近しく生きている、と思うこともある。

なんとしたことか、人が死ぬことにより
生きている人間である私の人生は豊かになる。
感謝してもしても足りないくらいだ。
不思議にそういう感覚を覚えた。











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2009年01月04日

新年を過ごす

タレン ヴァンドベイドック メルロー 2004は
おせちによくあう優れものだった。
色はやや赤褐色を帯ていて、煮物にも酢の物にも合う。
キャラメル掛けの豚から揚げにもしっくりと添う。

恒例になっていた下呂への旅行をとりやめた。
長期休暇のはずが、最初と途中と真ん中あたりで
予定が3箇所も入れば、それは長期とは呼べないありさまとなる。
旅行の分の費用が浮いたのではなく、
その分は美食に消え、身につくことになった。
家にいると、食べることが多くなり身体にはよくないなと痛感する。

何年ぶりかに家で過ごす正月に
煮物とローストビーフは手作りしたが
メインおせちを購入してみた。
高額なおせちは配送してもらえず
大晦日にこちらが取りに伺うことになった。

バブリィな敷地に目眩がする。
出てきた支配人がどうしてもインテリやくざにしか見えず
かなりびびる。
おせちだけでいいんだよ。
しがらみはいらない。
私はあなたの顧客にはなりえない。
しがらみのない世界はないよという声もする。

なんでも入っている夢のようなお重を飾りこんこんと寝て暮らす。
すべてに配慮した丁寧な仕事に満足する。
なにもかも家族向けにできている正月の買い物をするよりも、
こうやって出来たものを買うほうが高額に思えるけれども、
最終的には適正価格になるのかもしれない。
甘すぎたり、照りがはいりすぎたり、口に合わない代物は
どれだけ日数がたっても減らない。
最終的に残食となり捨てることを考えれば、と
自分にすらいいわけしたくなるくらい饗宴だった。

いやいやローマもかくやなものが、庶民の口にはいる。










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2008年12月29日

転院の条件

転院の条件は、胃婁手術の承諾だった。
つまりは、なんだのかんだのいって
個人の選択なんてものはない。

精一杯やった。
でも、制度に負けた。
倫理に照らして、
直系の家族でないただの代理人に過ぎない立場において
選択することができないようになっている。

「このまま点滴では死んでしまいます」ってのはおかしな言い草だ。
大きな発作を起こして経口が不可となった時点から今まで
どうやって生き延びてきているのか。
死ぬ権利というものが失われている。
人間って誰でもどうやっても死ぬものではなかったのか?
かろうじて脳幹で生きている、呼吸停止時間も長い。
チェーンストークスは脳の機能障害だ。
低酸素に恒常的にさらされている。
呼吸が戻ってきた状態を水中から顔を出した状態と表現してくれた。
毎回毎回何千回と水中に潜っているこの状態を安楽だと
思えるかどうかは人によるだろう。
精一杯がんばっているというのはどの関係者も異口同音にいう。
胃婁して、その精一杯頑張っている状態をさらに継続させること、
しか、選択肢にはない。
機能停止していく身体と意識レベルとを見ながら
自然な衰弱というものは望めないらしい。

「どんな選択をしても、結局はその人のもっている運命によって
生命の長さは定まりますよ。
胃婁の手術をしてどれだけ力を注ごうが、なくなられる方はいる。
まったく食事ができなくなっても、それからしっかりと1ヶ月近く
過ごされる方だっている。」

スタッフの言葉がありがたい。

伯母のことは、彼女のことは、神様に預けることにした。
制度がどうだろうがなんだろうが、
私達の思いがどうであろうが
彼女は彼女で神様が許されるところまで生きる。

別の病院で、はじめての年を越す。
しかし生きている限り誰もが毎年初めての年を迎える。
同じ年というものはないのだ。
切々と思う。








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2008年12月02日

騒がしいのは内部だけ

鳴り物いりなのかプレハブなのか見切り発車で医療制度が始まり
その物陰でひっそりと健診の最初の一年目が一段落しようとしている。
おそらくは、制度のけつふかせようと目論んでいただろうに、
大型の健康保険組合が解散したり波乱含みの動き。
あんたが(健診)受けないから保険料が高くなるんだからねって
ツンデレ風に、ぜひテレビコマーシャルしていただきたいものだ。
そんな高くなるとか、負担する金額が増えるなんて納得できない
っていうご意見があと3年後に叫ばれること必須だからな。


これだけ個人の自由が声高に叫ばれるご時世に、
叫べばそれだけでいいんだ、みたいなご時世に、
健診を受けろ、それは義務ですって通用するかよ。
ゆとり世代は勿論今の日本に義務なんて言葉はありません。
そうやってなしくずしに価値観を崩壊させて善しとした責任はって
壊した本人はすでにリタイアして年金でも貰って
勝ち逃げ人生を謳歌されていることでしょう。

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2008年09月26日

閾値の問題

疲労すると、どうかすると嗅覚の閾値が低くなる。
集中していたり、脳を使ってる後の方が
そういうことがおきやすいようにも思う。

えらい目にあう。

人の多いところというのは日常ではあまりないので、
密集しているところというのありがたくない。

200人くらい人がいれば、やはりいるだろう。
なじみのある、悪臭を感じた。
死臭に近いそれは、ガン患者の匂いだ。
かなり進行しているが
でも、おそらく本人は気づいていないのだろう。
はやく、ガン発見犬を訓練するべきだ。

さまざまな部位の匂いにがんがんする。
イソキッソウサン、足の匂いだ。
口臭、歯槽膿漏。
腋臭。
口臭とも違う匂いに思いあたって笑いそうになる。
副鼻腔炎か。
白血球の屍骸を相手にぶつかっているみたいだ。
おそらく、極相までいけば
一人一人の白血球の、
免疫の型の違いまでかぎ分けることが出来そうだった。
実際、この人と自分は同じ白血球、膿の匂いがする気がしたし。

普段感知しないように閾値を上げているが
疲労するとそのエネルギーが足りなくて下がる
ということもあるのか、とつくづく人体の不思議を思った。



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私事振り返る

今思えばデートDVもどきだったのか、と思った。
何年も前になる。
仕事や製作物の出来栄えがすばらしいからといって
本人が人間的にすばらしいかどうかわからない。
まず、そこが混同。
相手が妄想癖があるのを自覚していないという点がハイリスク。
人間相手の仕事でないので、コミュニケーションが苦手な人であったことが致命的。

相手の中の妄想の中で私は運命の人間だといわれ、
なんら会話もないというのに
運命の人間のことを理解できていないのはおかしいという
一般的には通用しない理屈をこねられ
挙句。えらい目にあった。

スカートを着用している女は男を誘っているのだ、と
真顔で言う人間がいたら、こいつ馬鹿じゃないの?と思うが
それが真実だと信じている吉外にぶちあたったら、どうするのか。

ノーということや自分の身を守るということが
交友関係の中に必要になるということは、ある意味あたりが悪い。
というより、そんな人間とはお付き合いせずに逃げるが勝ちだったのに
ぶつかってしまった。

被害甚大。
こぎれいにしたり、着飾ったり
化粧をしたり、体形を維持したりすることがイヤになった。
これは、思えば1つのDVの後遺症だ。
精神的なDVにあっていたのかと思いあたる。
会わなくなってからも、ずっと続いた。

やっと、その束縛から離れることが出来る気がした。
そんな嫌な体験をさせられた相手から、
どれほど私のことを常識はずれたことで罵り
さんざ傷ついたのは自分だとアピールしやがった相手の方から
やあっと声をかけてきたのには呆れ返った。
ご丁寧にも、お茶のお誘いをメールでしてきやがった。
音声ではないところが、ここ、笑うところってなところだ。
丁寧に、お断り申し上げた。

何かに勝った気がした。
自分の身を守ることを自分で出来たと思えたからか。
自分を大切にすることが結果としてかもしれないが出来たと思えたからか。

増えた体重は、すぐには減らないかもしれないが
そんなイヤな目にあうのだったら、太って、醜いほうがいいとか
綺麗にすると男を誘っているといわれるのがイヤだとか
醜くあるべきというどこかにあった気持ちは払拭されたと思う。

男にしろ、女にしろ、自分の妄想世界でしか生きていないような
奴を私が相手にする必要があるのか?
この外見でイヤな思いは散々としてきている。
それがどうした?
配置が左右対称であったり、若く見えたりするだけなのだ。
そんなもん、親から貰った体質と遺伝にすぎない。
そんなものに振り回されるって馬鹿じゃないのか?
そんなことも思ったり。


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2008年08月04日

メダカが煮える

次々とメダカ達が死んでいっている。
一番年長だったメダカが老衰と戦いながら死んだが
それよりももっと若いメダカたちが
老衰よりも前に次々と死んでいく。

きっと昼間の室温は、50度を越しているのだろう。
夜元気だったメダカが、
帰ってくると真っ白になって浮いている。
酸欠なのだろう。
餌か?バクテリアか?と思い悩んだが
一番ありそうなのが温度だ。
40度以上、50度近い水温では、生きながら煮えているのも同然。

とうとう最後の1匹になってしまった。
一番小さなメダカが残った。
窓を開けていようが、関係なく温度は上がっているらしい。



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2008年07月14日

ヒアデス3兄弟・・・になるか?

久々に湧水の里へと出向く。
夏らしい暑さにうだる午後に重い腰を上げて移動。
久々にメダカの補充。
スピカたちが死んでしまって
次の世代は個体名なしのプレアデス3兄弟。
メスがいていないのが名前負けしている。
次の世代はヒアデス3姉妹だか兄弟だか兄妹だか姉弟だかになる。

うっかり大発生させてしまった水槽内の巻貝を全部掃除して
水槽を日光消毒したら、
メダカたちの顔合わせ予定。
やれやれ。

醒ヶ井の湧き水は暑い日差しをものともせず
冷たく透き通っていた。
帰りに遠くに遠雷を聴いたように思ったらば、
どうやら花火だったらしい。

年々歳々花同じからず・・・だが
また夏が来ている様子だ。

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2008年06月22日

心残りとはなんだろう

週の途中で、所用があって移動した。
移動の途中で考えてたこと。

失うことだけが人生ですという老齢期において
何を課題とするのだろうか。
伯母は5年間のグループホーム入所期間に、
スタッフの方や、同じ入居者の方々から
愛されてうれしい時間をすごせた。
彼女の人生にあって、ほとんど無かったことかもしれない。
ことごとく彼女の価値観は否定され、
彼女の求めるものは非難されたり、嘲笑をうける環境だったことは
想像に難くない。
家族に迷惑をかける考えなしの行動は少なからず多かったし
それは非難されても仕方がないかとも思うが
非難される所以のないものもすべて否定されていた背景は見落とされがちだ。

愛される期間を経て、
否応なしにその環境から離れざるを得ないアクシデントを得て
彼女は、次のステージに来たように思えた。
彼女自身が何かを得なければ
どんなに辛くても死を迎えることはできないように出来ている、
そんな課題とはなんだろう。

一番上の伯母の時には、
面倒を見ている妹や、親族や、世間や、諸々への
人の為に何かをする、という頑固な意識を
ガンの脳メタにより維持できなくなり手放した時に、
洗われて晒され白くなった流木のような姿を見た時に
やっと開放されたのだな、クリアしたのだなと思った。
彼女の人生をすべて律してきた
人様の為に生きなさいという呪縛が解けたのは病によってだった。

今、伯母は何を課題としているのだろう。
たとえそう考えることが現実とは違っていても、思うのは自由。





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2008年06月17日

うんざり。

週末に22時すぎまで残業をしても、
月曜日に、その分、楽になっているなんてことがない。
穴の開いたひしゃくみたいだ。
何もかもすりへっていく。
もう、正直口をきくのも大儀だ。
身体は正直だから、
ストレスがかなりかかっていると血便までだしてくる。

簡単な文章のチェックすら出来ない。
様々なミスが多発する。
予定に追われているのに自分が足を引っ張る。
怒りは誰へどこへむかって発散させるものだろう?

かなり辛い状況なのはわかるが、
どうやって脱出するのがみえない。
1つ1つやれることから、というのはわかるが
1つ1つやっていて、これだ。


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2008年06月01日

「義務として」

やはり口腔ケアの力は偉大だった。
持続していた発熱がなくなった。
それとともに今後
先送りにしていた問題もぶり返してくるだろう。
胃婁の増設を個人的な価値観で拒むものについては
医療の必要度が高いと認めない。
胃婁の異常さを横に置き、
何故国をあげてそんなものに力を注ぐのだか。
じゃあ、点滴を抜いてくださいなんていえるのか。

病院のソーシャルワーカーは、
あなたのお近くに叔母を引き取る気はないのかとたずねてくる。
遠くに住んでいる従兄の近くにとはいわない。

一人で自分の暮しもいつまで続けられるのか
どこまで持つのか、不安になりながらなんとかやりすごしてるのに?
無理なことを要求されるのはつらい。
義務としてやっていることなので、
それ以上は無理なので、これ以上何もいわないで欲しい。
あんたが所属している病院にもっとおいてくれなんていっていない。
これから2、3ヶ月ごとに病院を転々とせざるを得ないことについて
なにか非難めいたことをいったか?
それ以上を求めるのなら、もう私には出来かねる。
それじゃあ、あんたは一人で、こういう状況の人間を引き取ることが出来るのか?
最期を、看取ることが仕事と思っていたが
案外と早くに投げ出してしまいそうだなと思った。
それほどに疲労がひどい。






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2008年05月20日

サン・シニアン

褐色がかった濃い赤になっていた。
ネットで買った安いワインが、ビンテージ風になっているのに驚く。
2002年だからな。
時間のたつことがなんと早いやら。

眼科にいく。
傷はないので一安心。
埃の多い職場なのかもしれない。

学ぶことのなんとも、終わらないこと。
身に余る、と思ったりもする。
ぼちぼち。
体調の悪さにぐったり。
風呂の中で気持ち悪くなって布団に倒れてねて終わった休み。
もうだめだと思いつつ迎えた月曜の朝は、いきなり心臓をつかまれたようだった。
これが、いわゆる血圧があがる、ホルモン交代ってやつなのか、と
身をもって感じる。つらい。

大慌てで眼科によってから、食材に埋もれる。
ローズマリーなんて、シソなんて、買わなくてもいいはずだったが。
いろいろ買い込んで料理する。
肉を本格的に料理するということにわくわくする。
しばらく忘れていた感覚だ。
やっと自分に戻ったような感じがする。

ワインは固い肉にかなり合った。
明日は、きっと何かに化けるのだろう。
一晩で1本あけるほど強くない。



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2008年05月02日

「殺生な」

言葉を失って久しい伯母からひとこと出た言葉は「殺生な」だった。

チェーンストークス呼吸で、意識喪失している無呼吸の時間は約30秒。
しかしながら、入院当初つまりは昨年の11月と比べれば
表情がある。
視線をあわせようとする。
4ヶ月ぶりに病室を、病院を移動するのに、周囲の様子の変化に
ストレッチャーの上で横たわったまま目を見張ってみせる。
バルンカテーテルも抜けている。
ただ、左の鎖骨には中心静脈栄養の管が入っている。
この元気そうな姿は実のところ、本来ありえない、
医療の賜物であることをつい忘れそうになる。

持続性感染の症状は続いている。
使わない喉はあごからふくれるようにカーブを描き盛り上がり、
佩用症候群と呼ばれる状態になっているのだろう。
ルートからの感染を防ぐために拭くだけになっている足は
ぼろぼろとめくれあがる皮膚の落屑がひどい。
それは足だけではないが。

急性期病院から、老人向け病院の一般病棟へ。
1ヶ月から2ヶ月後、退院をするようにうながされている。
次の病院は家族が探すように、とのことだった。
この病院では胃婁の造設はしない。
急性期病院でなくスタッフもいないから、だそうだ。
希望があれば、入浴も出来る限りはできるそうだ。
ほんのしばらくであれ、ほっとはする。

しかし転院することでこの4,5年を暮らしていた
グループホームからひきあげることになった。
グループホームですごした、利用者、スタッフ一体の
家族のようなかかわりが、もう、彼女には得られない。
老いるということは、喪失の連続だとはよく言った言葉だ。
脳を病が喰い尽くし、記憶を飛ばし、
おそらくは時間の流れもわれわれと違うだろう彼女が、
最後に転院先まできてくれたグループホームのスタッフの顔を見て
何かがつながって発語した、と思えば、それは「殺生な」だった。
大正生まれの人間にこそふさわしい語彙だと思った。
そして、スタッフか帰ってから、なにかを搾り出すように
辛い表情とうなり声をあげている姿に、
身体の不調ではない、心の辛さだと思った。
慟哭という言葉がおそらくは当てはまるのだろう。


胃婁はしないという選択をして、
さらに日常生活が営むことが許されるなんてことはありえないのだろうか?
陽だまりのように過ごせたグループホームでの日々が終わってしまった。
そのことが信じられないのは本人もだろう。




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春は会費貧乏

入金につぐ入金。
ほぼあらゆるものの。
明日は町内会の会費。
まだ日経サイエンスの年貢を納めてなかったぞ。


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