2005年06月06日

はるかに遠い読了・・・。

「恐るべき旅路」が読み終わらない。
まとまった時間がとれないのと、
そこにある1つ1つが重いのとで。
私の知りたかったことがこの本にある、しかし・・・
めくるページ、めくるページ1枚が重い。
それは恐らく結末を知っているからだろう。
あの最後へと、進んでいくことを知っているからだろう。
のぞみタンの中の人、がどんなことをしていたのか
どんな難問をどのようにクリアしていったのか。
丁寧に、説明をしてくれている。
これ以上、何の不足があるだろうか。

次々と立ち代りあらわれる、「のぞみ」に関った人達、その仕事。
次々と行われるウィザード。
驚くべき魔法めいたその仕事ぶりが
どれほどの努力と献身によって購われたものかが顕わになる。
あまりにも重い。
だから読み終われない。

のぞみのことを思えば
萩原朔太郎の「漂泊者の歌」の一節が物悲しさを添える。

「・・・
 過去より来たりて未来を過ぎ
 久遠の郷愁を追ひ行くもの。
 いかなれば蹌爾として
 時計の如くに憂い歩むぞ。
 石もて蛇を殺すごとく
 一つの輪廻を断絶して
 意志なき寂寥を蹈み切れかし・・・」

一通り、読むことは出来ても
まだ、見おとしていること、理解できていないこと
読み飛ばしているところがあるうちは・・・。
読了したというサインが自分の中に灯らない。

人間のタイムスパンを越して
誰も憶えている人がいなくなっても
無限に遠き空の彼方に1つの寂しき影は漂っているんだという事実が
一層寂寥をます。




まったくの蛇足なのだが。

しかし。
大変、饒舌な文体なのだった。
頭の中で、何か別のスイッチが入ったらしく
こう、なんていうのか、アナウンスというか
頭の中で声が響いているようなというのか、そんな具合になったり。
某氏のマシンガントークを上回るよぅとか思ったり(笑)

いや、勿論著者の声はきいたことはないですが。
過去に最接近遭遇する機会があったとしても声は聴いていない(はず)。
聞いていたらその声が頭の中で鳴り響いたのか。
・・・・・・うわ〜〜(笑)

人間の情報処理ってヘンだよな、まったく。
因みに今回と同じくらい頭の中で声が響いたことがあるのは
昔読んだランボオ詩集(小林秀雄訳)とか。
某氏の後書きは短いので響いてもそんなに困ることはない(笑)
余計な回路使ってないで
ちゃんと内容を追えって自分の脳に言いたいよなぁ、もう(爆)



posted by CORONA at 00:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 宇宙開発・・・ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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